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ロータス・ペタル

​初出:2018年9月8日 01:34

もはやルチパパルチです。とにかくふたりがいたらOKという人向けの、ややいかがわしい話。

 パパラチアの久々の目覚めは、季節の境目の驟雨とともに訪れた。

空を見上げる背中に、まるで図ったかのようですねと投げかけると、彼はくるりと振り返って、そうだよ、と破顔した。
夥しい雨が嘘と共に降り注いでいる。

パパラチアは外に向かって無造作に両脚を伸ばす。脚を上下に動かすたび、脹脛や脚先を伝って雨粒が流れていく。水は膚の上を玉のようにすべらかに転がり落ち、白粉に水染みのひとつも残さない。

「不思議ですね、いつもながらに」
「どうしてこうなのかは、俺もよく知らないんだ」
「いつか必ず解き明かしてみせます」

パパラチアはまた顔をほころばせる。窓の外に両手までも伸ばすので、落ちてしまうのではないかと不安がよぎるが、彼の肢体はあやうげなくすばらしい均衡を保っていた。

くぼめた掌に、水があっという間に半分ほど集まり、掌の椀に銀色の膜が張る。満水にいたるまえに、底を開いて水を落としてしまう。パパラチアはこの遊びに魅入られたかのようにして、かたくなに私を見ない。

彼は自分の身にまつわるささやかな謎に、信じられないほど頓着がない。何にも進展を望まないでいるなど、私にはとうてい耐えられないことも解っているというのに。

不意に、彼の息に乱れが生まれる。両の腕が震えだす。どうしましたか、と問う間もなく、掌が力なく落ち、水がばしゃりと腿に零れ落ちる。あやうく腕の中に抱きとめて上衣をはだけてみれば、嵌めた資材にはざっくりと深い罅が入り、既に身体から抜け落ちているものさえある。ああ、これは。

「また、だめでしたね」

先刻埋めたばかりの部品に、もう拒絶反応が現れている。彼の唇のわななきがおさまらない。彼に棲まう微小生物が、部品を異物と見做して苛烈に攻勢を仕掛けている。

開かれたままのうつろな二つの目が、私をきびしく制する。しかし私の黒い手が、勝手に伸びて、彼の目を覆い隠してしまう。

「こわがることはありません、どうか楽にしてください」と、まったく的外れななぐさめを、彼の耳朶のそばで、つとめて医師らしい声色で呼びかける。
手早く、白い背の方から用済みの部品を抜き去る。さりさり、と乾いた音を立てて外すたびに、腕の中の身体がかすかに跳ねる。雨雲は厚さを増し、室内の影をいっそう色を濃くする。

数刻前まで私の手の内で削られていたかたまりを、ゆっくりと挿し入れる。彼の空洞と寸分も違わずに象られた部品が、ゆるやかに、まよわずに、外したときと同じ音を立てて彼の身体にうずもれていく。

彼の苦しみをよそに、私は恍惚に浸る。ひとつひとつ嵌めていくごとに、彼は完璧さを取り戻していく。私の治療をほどこされて、私のためにほほえむ、私の、たいせつなパパラチア。

「教えてください」悦に入る私はどうしても尋ねずにはいられない。くるしいですか。それとも、きもちいいですか。部品を外しかけの彼に、見当識がないかもしれないなどとは、露ほども考えなかった。彼のまつ毛のふるえが、私の掌のうちでちろちろと伝わっている。

ひどい気分だよ、と無言のうちに責められた気がして、最後に残っていたいちばん大きな部品をやや強く突き入れてしまう。声にならない声の上がる気配で、ふいにおそろしくなって手を離せば、彼はあっという間に医務室の窓辺に登り、私を見下ろしていた。

「あまり、らんぼうにしないでくれよ」
まつ毛の向こうに、うっすらと光がやどっている。ぞくり、と私の内部から怖気とえも言われぬ快感とが沸き起こる。

 

次に彼が私に触れたとき、私の纏っていた白衣や制服は、すでに床の上に散らばっていた。

私の身体は窓辺に横たえられている。白粉と雨の混じった、汚ならしい白い濁りに塗れていた。金紅の地肌の露わになった私の胸元に、もう何度目か、彼の掌の椀が近づく。水を纏わない彼から、必要以上に水を含んでしまう私へ。

ああ、どうかそれだけはゆるしてください、と紡ごうとして、その言葉は私から喪われていたことを知る。私は、私が乞い願うより、とうの前からゆるされていた。

雨がふつりと止んだ。意識を失った彼に最後に挿した宝石のなり損ないがひとりでに外れ、地面に落ちて不快な音を立てて割れた。
私は欠片を拾い集め、放り捨てた。

できうるかぎり遠くへ。 

​【終】

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